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たまに考える人のメモ書き

ふと考えたことを綴る、特に何の意味もない書き溜め。

BBQひとつとっても…

まだ実験も一人ではできないし、先輩に見てもらわなければならないし、研究室では一番下っ端の部類なので、好きなように動けていない。

これがここ最近、地味にストレスになっている気がする。

でも、この頃研究室でのイベント(BBQとか)を仕切っていく中で、やっぱり自分は仕切りたがりなんだなということを実感した。なんというか、自分が決めたほうが圧倒的にストレスが少ないし、全体としても作業が速く進む気がする。まあ、こんな作業誰にでもできるだろうから大したスキルではないんだけど。

ただ、自分という人間はそういうことを好むのだな、と。今のところは。これから変わる可能性がないわけではないしな。

 

僕は理系学部なわけだけども、そしてまだ学部生なわけだけども、院生向けの経営の授業を受講している。今日はその授業があった。

最近の講義の内容は、「人を動かすほどの強い思いを持て」、「高質な思いを持て」だと個人的に解釈している。

それが極端な話、BBQにも通ずるところがあるのではないかと。前日とかの段階になって、そろそろ準備をしなきゃと思って、まず僕は4年生全員に声をかけた。そして準備をどうやって進めようか相談しようと思ったのだ。

結果的にこれは失敗だった。みんな好き勝手しゃべるし、些末な諸々の問題に話題が逸れて、一向に準備に取り掛かれないのだ。僕としては、情報が足りなかったところもあって、それを補てんしながら、準備をどう進めていくかを決めていきたかったのだけれど。

そしてうまくいったのは、自分でほとんどやるべきことを明確にしたうえで、その担当を割り振っていく、というやり方だった。コンロを組み立てる班、買い出し班、飲み物準備班、連絡・周知徹底班。そんな風に分けてただ担当だけを割り振った。意外にそんな風にドライというか、汚い言い方でいえば、ただ駒のように、きれいに言えば、やるべきことを明示するだけのほうが全体としてうまくいったのだ。

 

これに関して考察すれば、こないだ読んだ「イシューから始めよ」では、完成形のイメージをもって行動することが大事だと言ってた気がするが、今回は完成形のイメージが自明であったために大した説明もなしに指示だけすれば、それが何を意味するのか、何のための作業なのかが共有できたからなのだろうなと思う。

では、今度から指示する際、協力を仰ぐ際にはどんなことに気を付けるべきか。

完成形のイメージを伝え、そしてその行動にどんな意味があるのかということを明確に伝えるべきなのだろうなと感じた。

うん、今回はたまたま運が良かっただけ。もっともっとやれることはある。